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1944年6月、連合軍は北フランスに上陸。首都ミンスクで10万のドイツ軍を包囲、ドイツ軍は6万の捕虜を出して大敗した。 
イラスト:ベルリンに肉迫する連合国の各国軍

▲イラストは1945年のヤルタ会談の三巨頭
左から、
★チャーチル★ルーズベルト★スターリン
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連合軍が総力を結集してナチスドイツの牙城ベルリンに接迫した1945年の5月は、まさに第2次世界大戦のクライマックスであった。
1943年2月ナチスドイツ軍はスターリングラードでソ連侵攻以来恥辱的最大の大敗北を受けてしまった。ヒットラーはこの屈辱をそそぐべくクルクス突出部のソ連軍を南北から分断しようとしたがその意図はすでにソ連軍に察知されていた。 |

▲イラスト:自殺したヒットラー総統
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1945年の年頭イギリスのチャーチル首相はソビエトのスターリンに、えん曲的ではあったが、北フランス・ベルギー国境地帯における連合国軍に対する援助を要請した。スターリンはこの要請に応じて攻撃予定を繰り上げることを命令したのである。
飛行機9千機、戦車9千台、砲門7万、そして180個師団の大軍が一斉に行動を開始した為、遂にドイツ軍はやむなく西部戦線から敗退せざるを得なくなった。そして連合軍の危機は救われたのである。
遂にポーランド軍とソ連軍は1月17日にはドイツの首都ベルリンのわずか60キロの地点にまで接近した。 |
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